「大学を作った津田梅子、中二病の元祖・島田清次郎、理想と引き換えに自殺した金子みすゞ」1929(昭和4)年 1930(昭和5)年【連載:死の百年史1921-2020】第9回(宝泉薫)
連載:死の百年史1921-2020 (作家・宝泉薫)
■1930(昭和5)年
天才と狂気、愛と孤独を行き来した文学少年少女
島田清次郎(享年31) 金子みすゞ(享年26)
『天才と狂人の間』(杉本久英)という伝記小説がある。主人公は「島清」こと島田清次郎。19歳で書き始めた自伝的長編『地上』がベストセラーとなり、ハタチにして時代の寵児ともてはやされた石川県出身の作家だ。が、自分のファンだった海軍少将の娘を誘拐して告訴される(のち、取り下げ)というスキャンダルや奇行(大言壮語やDVなど)で人気と信頼を失い、25歳のとき、統合失調症と診断されてしまう。その後も、精神病院のなかで執筆を続けたものの、肺結核を患い、31歳で鬼籍に入った。
これほど短期間に、絶頂とどん底を味わった作家は日本文学史においても類がない。その成功した理由について『島田清次郎 誰にも愛されなかった男』を書いた精神科医・風野春樹は「若者たちの代弁者」「中二病」といった言葉を使って分析している。おそらく、のちの尾崎豊(こちらはミュージシャンだが)現象の先駆けのようなことが起きたのだろう。
では、失墜の原因となった統合失調症についてはどうか。風野は「確かに一時は『狂人』と呼ばれても仕方ない精神状態にあった」としつつも「精神全体が妄想に支配されてしまうようなことはなかった」と見て(診て)いる。さらに、鑑定をした精神医学界の権威が「精神病と犯罪は同胞」という治安維持優先の思想の持ち主だったことも付け加えた。
マスコミにも、同情的な見方がなくもなかった。文藝春秋の編集局長は、
「一体、清次郎はほんとに狂気していたのかしら。(略)どうせ清次郎のことだから、なんのかのと、うるさいことだらけだから、いっそのこと四捨五入して狂人組へ編入さして了え、というようなことで、あわれびんぜんにも病院へ送られることになったのじゃないのかしら」
と書き、元凶はむしろ「誇大なこけおどしの広告でもって」「彼を喰い物にした本屋だ」と、新潮社を批判した(今も続く文春VS新潮の対立構図がなかなか興味深い)。そういえば、現代の書評家・豊崎由美も、
「新潮社なんか、この作品で大儲けしたくせに最後は門前払いだったらしいよ」
と、対談で言っている。実際、凋落後の島清は『地上』の利益で建ったとされる新潮社の新社屋に金策で訪れたが、冷たくあしらわれたという。
KEYWORDS:
オススメ記事
-
「岡田有希子と“もうひとりのユッコ”の夭折、映画界の奇才による大映ドラマブームという置き土産」1986(昭和61)年【連載:死の百年史1921-2020】第8回(宝泉薫)
-
芸能人水泳大会に続いて、美女の温泉入浴ルポも。消えゆくテレビのエロスに亡国の兆しを見る【宝泉薫】
-
「文の時代・大正を象徴した作家の“殉死”、細菌の狩人と呼ばれた医学者の“戦死”」1927(昭和2)年 1928(昭和3)年【連載:死の百年史1921-2020】第7回
-
カレン・カーペンターの死と38年後の痩せ姫たちをめぐる「恐ろしいこと」
-
「竹内結子、三浦春馬、木村花、自殺の他虐的要素と病死としてのとらえ方」2020(令和2)年その2【連載:死の百年史1921-2020】第6回(宝泉薫)